こんにちは!ケンけんです。今回は命題とは何か、何がしたいのかを書いていきます。
キーワード;二値論理と命題論理
導入
まずは、動機を考えていきます。次のような文章を見ていきましょう。
主語と述語からなる文章です。(「A be B.」の文章)そしてこれらはすべて正しいですね。$4$、鉛筆、消費税などは後ろの「偶数」、「筆記具」、「税金」の意味から正しいとわかります。
次に、間違ったことを言っている文章を見てみましょう。
合成数は$1$・素数以外の正の整数、水は大気圧中だと沸点は$100$℃($78$℃はエタノールの沸点)、グルコースは糖質の一種でアミノ基を持たずアミノ酸ではありません。つまり、1-1と違ってすべて嘘であるとわかります。
では、次の文章はどうでしょうか。
$400$ページを「分厚い」かは、人の感性によるので絶対的ではないです。誠実という性格はあくまで自分(主観)から見たもので、別の人は異なる解釈をするかもしれない。「仲が良い」は、自分が思っているから相手もそうとは限りません。つまり、すべて「わからない」状態です。
この三種類(正しい・間違い・わからない)が質問の答えとしてあり得ますが、数学は正しい・間違いの二種類を主として用います。中間を認めないとは不寛容と思われそうですが、数学を語るために「わからない」を認めることは「面倒ごとが増える」、「これまでの数学を保てない」の二つの問題が出ます。
例えば、$1+1$は$2$です。$1+1$は$2$と決めた方が、「現実の数え上げ」でも「抽象化したとき」も都合がいいから選ばれています。ここに、「わからない」を認めると$1+1$は$10$や$101$など$1$以外を取れてもいいです。なぜなら、各個人が思う数字にしても、足し算の結果が決まっていないので問題ないわけです。しかし、そんなこと許すと計算機も使えないし、お金の勘定もメチャクチャになります。$10000$円支払うために、千円札$10$枚渡すと「ウチでは、$1000$円札は$100$円扱いだから$1000$円札$100$枚いるよ。」なんて許されないでしょう。
日常の中から発展した数学は、日常のケースに戻す時に矛盾を抱えてはならないので、正誤以外認めない方が都合がいいのです。
数学の論理は正しい・間違いの二択のため二値論理と呼ばれます。また、議論の中で正誤以外の選択を認める多値論理も主流ではないですが存在します。
この正誤がわかる文章たちを記号で書けるようになると長い文章の説明が楽になるのではないでしょうか。文章から方程式を立てると状況が見やすくなるように。
定義 命題論理
以上から、議論の言葉を決めていきます。
最後の記号は、次のように使います。
$$xは偶数 \overset{\mathrm{def}}{\iff} xは2で割り切れる$$
日本語では長くなるため、この記号を用います。($: \Leftrightarrow $といった表記もあります。)
命題のルールから、上で見た例1-1は真、例1-2は偽の命題で、例1-3は命題とは言えなくなります。また、命題の文章を$P$、$Q$と書いたりしてもよくなります。なぜなら、「$Pは命題$」と書けば真か偽であることがわかるからです。「$P$;真な命題」とするとさらにわかりやすいでしょう。
真偽を示せと言われたら、正しいことを証明できると真、例外(反例)を見つければ偽ということができます。1-2が偽となる根拠からもそう見れるでしょう。
真偽について、英語の頭文字をとって真をT、偽をFと記述することがあります。この文字で置くことは後々真偽を調べるときに再び出てきます。
おわりに
どうでしたか。身の回りの文章を命題か調べたりしてみてください。以外と多くの文章は、二値論理で書かれていることがわかると思います。命題を記号で置いただけなので、まだ有用性を実感できないかもしれません。ですが、この記事を通して数学の論理は小難しいものではなく、文章の簡略化であることを理解してくれたらうれしいです。
次回は、文章の否定から命題の否定を考えます。
以上、ケンけんでした。