こんにちは!ケンけんです。
今回は加群での剰余「剰余加群」を取り扱います。
キーワード:剰余加群
この記事では、$R$加群と書き単位的可換環$R$上の加群とします。
導入と定義 剰余加群
商集合は特定の条件(同値条件)で分類した部分集合族のことでした。
この部分集合を元とみなして加群構造を定義できるかが問題になります。
構成する上で次の2点が必要になります。
- 加群を使った同値条件,
- その上で加群構造をもとの加群の演算で定義する.
その中で採用する同値条件は次の部分加群を使った方法です。
$M$を$R$加群とし, $N \subset M$を部分加群とする.
$x \sim_{N} y \overset{def}{\iff} x-y \in N$
(1)$\sim_{N}$は$M$上の同値関係である,
(2)商集合$M/\sim_{N}$は次の演算で$R$加群となる.
$+:M/\sim_{N} \times M/\sim_{N} \to M/\sim_{N} (([m],[n]) \mapsto [m+n])$
$\mu:R \times M/\sim_{N} \to M/\sim_{N} ((r,[m]) \mapsto [rm])$
(2)の演算からなる$M/\sim_{N}$を$M$の$N$に関する剰余加群($\rm{residue \; module}$)と呼ぶ.
部分加群ごとに同値関係が決まるため、$M/\sim_{N}=M/N$と略記します。
(1)$x,y,z \in M$を取る.
$x-x=0_{M} \in N$より, $x \sim_{N} x$である.
$x \sim_{N}y$を仮定すると, $x-y \in N$である.
$-(x-y)=y-x \in N$から$y \sim_{N}x$である.
$x \sim_{N}y,y \sim_{N}z$を仮定すると, $x-y,y-z \in N$である.
よって$(x-y)+(y-z)=x-z \in N$で, $x \sim_{N}z$となる.
以上から, $\sim_{N}$は$M$上の同値関係である.
(2)それぞれの演算でwell-defindを確認すれば十分である.
$M/\sim_{N}$の元$[m]=[m’],[n]=[n’]$と$r=r’ \in R$を取る.
このとき, $m-m’,n-n’ \in N,r-r’=0$であり,
$(m+n)-(m’+n’)= (m-m’)+(n-n’) \in N$から$[m+n]=[m’+n’]$,
$rn-r’n’=r(n-n’)+(r-r’)n’ =r(n-n’) \in N$から$[rn]=[r’n’]$.
従って$2$つの演算はwell-definedであり加群構造は$M$に従う.
$\square$
剰余加群の元は、一般的に$\overline{x}$と上棒線で表示されます。
意義と活用
構成はできたので、ここからは加群でこのような剰余の意義をいくつか考えてみます。
1.商集合の動機づけである考える対象を減らすこと
目に見えて理解しやすい体上で考えます。
$V=\mathbb{R}^{2}$とし, $W=\{(x,y) \in V|y=2x \}$をおく.
- $V$は$\mathbb{R}$加群(線形空間)であり, $W \subset V$はその部分加群である.
- $V/W$は、$[(0,a)]=\{(x,y) \in \mathbb{R}|y=2x+a\}(a \in \mathbb{R})$を元とする商空間
- 商空間は「体上の加群」として剰余加群
- この$V/W$は$(1,2)$方向への移動を同一した空間
- $V/W$は$\mathbb{R}$と線形空間として同型.
- $V/W$を調べるには$\mathbb{R}$を調べれば十分.
- (一次関数の切片を見るとも言える)

これは加群に限らない話なので加群ならでは感が薄いです。
2.イデアルの比較
加群の記事でほぼ毎回出てきますが、イデアルへの応用があります。
環$R$自身を$R$加群とみなしたとき、イデアルはその部分加群でした。
よってイデアルの列$\cdots I^{n} \subset I^{2} \subset I \subset R$は部分加群の列です。
これに対して$R/I,I/I^{2},\ldots , I^{n}/I^{n+1}, \ldots$が剰余加群として得られます。
先頭の$R/I$は剰余環ですが、それ以降は剰余加群になっています。(イデアルでもある)
列の途中で$I^{m}/I^{m+1}=0$になった場合、$I^{m} = I^{m+1}$になります。
($x \in I^{m}$について$x=x-0 \in I^{m+1}$から)
イデアルのべきの他、異なるイデアルでの共通部分や積でも同様のことができます。
剰余環は環をイデアルで割るので、真のイデアルでは環として比較できず加群ならではです。
3.加群の消滅(先の話題)
イデアルと同様に、加群でも$R$加群$N \subset M$に対し$M/N=0$なら$M=N$になります。
この操作は、環や加群に制限を付けると後々より強い情報を引き出すこともできます。
イデアルからの拡張
剰余環では、自然な準同型やイデアルの対応などがありました。
1.自然な準同型
$M$を$R$加群とし, $N$をその部分加群とする.
(1)$\pi:M \to M/N(x \mapsto \overline{x})$は全射$R$線形写像である,
(2)$\mathrm{Ker}\pi=N$.
実は証明することは環の場合と同じでです。
(1)射影よりwell-definedであり, $R$線形性は$M/N$の演算が$M$で説明できるため従う.
よって全射性を確認すれば十分であるが,
任意の$\overline{m} \in M/N(m \in M)$に対し$\pi(m)=\overline{m}$から全射である.
(2)任意の$m \in \mathrm{Ker}\pi$を取ると, $\pi(m)=\overline{0}$である.
よって, $m=m-0 \in I$から$\mathrm{Ker}\pi \subset N$.
任意の$n \in N$に対し, $n=n-0 \in I$より$\pi(n)=\overline{0}$.
従って$N \subset \mathrm{Ker}\pi$となる.
$\square$
2.部分加群の対応
剰余環とイデアルの部分集合に全単射がありました。(参考)
これも加群版に拡張可能です。
$R$加群$M$に対し$\Sigma_{M}$でその部分加群全体の集合とする.
$N \in \Sigma_{M}$に対し, $X=\{L \in \Sigma_{M}|N \subset L\}$を取る.
このとき, 次の包含による順序を保つ一対一対応が存在する.
$\Phi:X \to \Sigma_{M/N}(L \mapsto \pi(L))$
$\Phi:\Sigma_{M/N} \to X(L’ \mapsto \pi^{-1}(L’))$
ただし, $\pi$は自然な準同型である.
証明は剰余環の場合と全く同じで、イデアルが加群に置き換わっただけです。(省略)
この事実は、同値関係のわずらわしさを無視できるようになります。
例えば次のような例を見てみます。
$M=\{a+bX|a,b \in \mathbb{Z}\}$は一次式からなる$\mathbb{Z}$加群である.
(作用は$\mathbb{Z}$の元倍で定義)
- $i:\mathbb{Z} \to M(x \mapsto x)$は単射$\mathbb{Z}$線形写像.(直接包含関係があります)
- 部分加群$J=\{c+dX|c,d \in (3)\} \subset M$に対し, $i^{-1}(J)=(3) \subset \mathbb{Z}$.
- $\mathbb{Z}$加群$\mathbb{Z}/(3)=\mathbb{Z}/3\mathbb{Z}$と$M/J$が得られる.
- $\overline{2}$が$\mathbb{Z}/3\mathbb{Z},M/J$いずれも持つ.
- $\mathbb{Z}/3\mathbb{Z}\cdots A=\overline{2}=\{x \in \mathbb{Z}|x-2 \in (3)\}$($2,4$など)
- $M/J \cdots B=\overline{2}=\{a+bX \in M|a+bX -2 \in J\}$($2+3X$など)
- $\mathbb{Z}/3\mathbb{Z},M/J$ごとに$\overline{2}$の意味は異なる.
これは一般の商集合の単射で同じことが起こります。
剰余では差は見えませんが、他の同値関係でこの違いが分かりにくいものもあったりします。
そして先の部分加群の対応は、このもやもやを無視できます。
例えば$R$加群の列として$N \subset L \subset M$を取ります。($\subset$の左側が右側の部分加群)
- $M/N$と$L/N$は同値関係が異なるが…
- MOD1-4-4から$L/N$は$M/N$の部分加群である.
- よって$\overline{l} \in L/N(l \in L)$は$M/N$上の$\overline{l}$と同じである.
例のように同値類に比較をすると、$L$上の同値類と$M$上の同値類が一致します。
MOD1-4-4の証明や剰余環の場合でも、well-definedの証明のために暗に確認しています。
これができるため加群の比較で同型から本当に集合として等号「$=$」に変わります。
その特徴が出た例が次の等号です。
$M$を$R$加群とし, $N$をその部分加群, $I$を$R$のイデアルとする.
このとき, $I(M/N)=(IM+N)/N$である.
任意の$a\overline{m} \in I(M/N)(a \in I,\overline{m} \in M/N)$を取る.
$am \in IM \subset IM+N$より, $a\overline{m}=\overline{am} \in (IM+N)/N$である.
逆に, 任意の$\overline{am+n} \in (IM+N)/N(a \in I,m \in M,n \in N)$を取る.
$\overline{am+n}=\overline{am}+\overline{n}=a\overline{m}$となる.
$\overline{m} \in M/N$より, $\overline{am+n} =a\overline{m} \in I(M/N)$となる.
以上から, 集合としてI(M/N)=(IM+N)/N$である.
$\square$
同型と集合の一致は差あり、「等号だとOKで同型にするとうまくいかない」性質があります。
同型は代数構造を保つだけで、集合としての一致ほど強くないことがここからわかります。
おわりに
剰余環以上に同値類の影響が加群では出るため、込み入った同型と等号の話を盛り込みました。
この差が問題になる性質は割と初等的なものですぐに取り扱うでしょう。
以上、ケンけんでした。