こんにちは!ケンけんです。前回は、整数が持つ情報から環を導入しました。今回は、整数での倍数全体の集合に注目していき一般化したイデアルを考えます。
キーワード:イデアル
導入
整数で重要な性質として、倍数・約数がありました。今回は倍数に注目します。
$x$が$2$の倍数と言えば次のようにいくらかの言葉で識別できます。
- $x$は$2$で割り切れる。
- $x$は$2$を約数にもつ。
- $x$はある整数$k$を用いて$x=2k$と表せる。
- $x^2$は$2$の倍数である。
- $x+1$は奇数である。
ほとんど同じような性質もありますが、これだけの言いかえが存在します。で、これほどいろいろな言葉により説明できるなら$2$の倍数を集めた集合が何か特別なものになりそうです。実際、和は$2(-+-)$の形に、積は$4k(k \in \mathbb{Z})$の形に表現できるため閉じています。そして、倍数特有の話で適当な整数を$2$の倍数にかけたところで$2$の倍数です。これは、上のリストの3つ目の説明からわかりますね。
従って、加法は倍数同士ですが、乗法については任意の整数にまで広げることができます。
次に、環の時に存在した加法逆元$0$と乗法逆元$1$はどうでしょう。$0$は、明らかに偶数ですね。ですが、$1$は$1=2k$とする整数$k$が存在しないため$2$の倍数ではありません。
従って、$2$の倍数全体の集合を$2 \mathbb{Z}=\{x \in \mathbb{Z}|\exists k \in \mathbb{Z} s.t. x=2k\}$と書くと次のような命題を満たします。
$$x, y \in 2 \mathbb{Z} \Rightarrow x+y \in 2 \mathbb{Z}$$
$$x \in 2 \mathbb{Z} ,r \in \mathbb{Z} \Rightarrow rx \in 2 \mathbb{Z}$$
当然ですが、$0 \in 2 \mathbb{Z}$より空集合にはなりません。
ところでこの2つの演算を持つ対象で他に思い起こされるものがあります。それはベクトルです。ベクトルは、和とスカラー倍を持っています。$2 \mathbb{Z}$は、スカラー倍の部分が環の元になっていますが類似する演算を持つこと、ベクトルの有用性からもこの演算を持つ部分集合は価値があると言えそうです。
$2 \mathbb{Z}$に限らず$n$の倍数全体$n \mathbb{Z}$でも同様です。
定義 イデアル
それでは、整数から環にして同じ演算を持つ部分集合をイデアルとしましょう。
定義部分では、書かれていませんがイデアルは必ず$R$の零元$0_{R}$を含んでいます。
任意の$I$の元$x$について$0_{R}x=0_{R} \in I$である.
$\square$
なので、部分集合がイデアルであることの証明の手始めに、零元を持つこと示せば仮定の空集合ではないことを確認できます。
素因数分解からイデアルの分解へ
$(n)$を$n$の倍数全体として表すと導入からイデアルです。
倍数全体の集合がイデアルであることから、正の整数が素因数分解$n=p_{1}^{n_{1}} \cdots p_{r}^{n_{r}} \in \mathbb{Z}$について、$(n)$は$(p_{1}^{n_{1}}), \cdots , p_{r}^{n_{r}}$を使って分解するように書けるのではないかとなります。イメージとしては、$(p_{1}^{n_{1}}), \cdots , p_{r}^{n_{r}}$の掛け算のように分解したいです。
そこでイデアルの演算を考えてみます。
少し冗長的で、証明を長々と書くのは内容紹介として不適なので折りたたみにしておきます。
1.任意の$y \in J$について$0_{R}+y=y \in I+J$より$J \subset I+J$であるため空集合ではない.
任意の$X, Y \in I+J$と$r \in R$を取るとそれぞれ$X=a+b, Y=c+d$とする$a,c \in I, b,d \in J$が存在する.
$I,J$が, イデアルより和と$R$の元によるスカラー倍で閉じている.
従って, $X+Y=(a+c)+(b+d) \in I+J, rX=r(a+b)=ra+rb \in I+J$である.
以上から, $I+J$は$R$のイデアルである.
2.$0_{R}0_{R}=0_{R} \in IJ$より空集合ではない.
任意の$X=\sum_{i=1}^{n}a_{i}b_{i},Y=\sum_{j=1}^{m}c_{j}d_{j} \in IJ \; (a_{i}, c_{j} \in I, \; b_{i}, d_{j} \in J)$と$r \in R$を取る.
$c_{j}=a_{n+j},d_{j}=b_{n+j}$とおくことで$X+Y=\sum_{i=1}^{m+n}a_{i}b_{i}$と書ける.
従って, $X+Y \in I+J$である.
$rX=r(\sum_{i=1}^{n}a_{i}b_{i})=\sum_{i=1}^{n}(ra_{i})b_{i}=\sum_{i=1}^{n}a_{i}(rb_{i})$.
$ra_{i} \in I,rb_{i} \in J$より$rX \in IJ$である.
以上から, $IJ$は$R$のイデアルである.
$\square$
この和と積は、帰納的に有限個の和と積にまで拡張できます。
これを使って整数の素因数分解についてイデアルの分解を考えてみます。
証明は集合の言葉で十分です。
$(n) \subset (p_{1}^{n_{1}}) \cdots (p_{r}^{n_{r}})$について,
任意の$a=kn \in (n) \; (k \in \mathbb{Z})$に対して, $n=p_{1}^{n_{1}} \cdots p_{r}^{n_{r}}$より$a=(k p_{1}^{n_{1}}) \cdots (p_{r}^{n_{r}}) \in (p_{1}^{n_{1}}) \cdots (p_{r}^{n_{r}})$である.
$(p_{1}^{n_{1}}) \cdots (p_{r}^{n_{r}}) \subset (n)$について,
任意の$X=\sum_{i=1}^{m}P_{1 \; i} \cdots P_{r \; i} \in (p_{1}^{n_{1}}) \cdots (p_{r}^{n_{r}}) \; (P_{j \; i} \in (p_{j}^{n_{j}}))$を取る.
各$j$について$P_{j \; i}=q_{j \; i}p_{j}^{n_{j}}$と書ける.
従って, $X=\sum_{i=1}^{m}q_{1 \; i} \cdots q_{r \; i}n=(\sum_{i=1}^{m}q_{1 \; i} \cdots q_{r \; i})n \in (n)$である.
$\square$
実は、イデアル$(p_{i}^{n_{i}})$はさらに$(p_{i})^{n_{i}}$と一致するため最終的に次のようにイデアルが素因数分解のように表現できます。
$$n=(p_{1}^{n_{1}}) \cdots (p_{r}^{n_{r}})=(p_{1})^{n_{1}} \cdots (p_{r})^{n_{r}}$$
以上から、有理整数環の$n$の倍数全体からなるイデアルは、$n$の素因数の倍数全体からなるイデアルのべき乗の積で書けることになります。
つまり、このイデアル(p_{i})は素数のように振舞っており、調べれば素因数分解についてもっと深く知れると言えそうです。
おわりに
イデアルが定義できましたが、次の観察対象が生まれました。素数$p$の倍数全体からなるイデアル$(p)$は、イデアルの中でも特別であり素数そのものも環の元として特別です。もっと言うと有理整数環自体がかなり制限のある環であることも素因数分解の一意性を崩していくと見えてきます。
次回は、イデアルの「生成」について取り扱います。
以上、ケンけんでした。